第9期翔龍戦

 初日:1〜4回戦2日目:5〜8回戦3日目:9〜12回戦 | 成績表システム

観戦記:小宮山 勤

 GWの5月3・4・5日、東京対局室にて第9期翔龍戦が行われた。
 出場選手は、昨期の優勝者である成岡明彦名翔位に、小川隆・平井淳、そして新A級の田中実、ここまでがA卓スタート。そして田中と同じく新A級の安田健次郎に、村田光陽・堀川隆司、唯一B級から山内啓介の以上8名。
 まずシステムを簡単に説明すると、A卓は303評価、B卓は202評価で行われ、A卓のラスとB卓のトップを入れ替えて次戦が行われる。これを2日間で8回戦まで繰り返し行い、その時点での成績上位4名が最終日である3日目に駒を進めることができる。そして3日目は404評価で4回戦を戦い、優勝者を決める。なお、同スコアの場合はあとから追いついた方が成績上位となる。
 最も注目を集めるのは何といっても成岡二冠であろう。そして新A級の田中・安田にとってもここでの戦いが今期の試金石にもなるはず。活躍に期待したい。
 激闘の3日の観戦記は私、小宮山がお送りする(文中敬称略)。


◆◆◆ 初日/1回戦 ◆◆◆

 A卓では、まず東2局に成岡が5巡目に並びのないところからこのリーチ。
 が、これを空振るとここから戦いは膠着状態になり、初めてチョーマが移動したのは南2局。小川が2フーロしてのテンパイがこれ。
  
 ここにドラをひいて打とすると、の両方を鳴かせていた田中が、12巡目にようやく追いついてリーチ。
 結果は田中がを掴んで放銃となり、そのまま小川が逃げ切った。
(◎小川+3/成岡±0/平井±0/●田中△3)

 B卓は微差の戦いになったが、先行していた村田を安田が南4局に13・26で捲って好スタート。新A級の二人にとっては、明暗の分かれた立ち上がりとなった。
(◎安田+2/村田±0/堀川±0/●山内△2)


◆◆◆ 2回戦 ◆◆◆

 A卓(平井±0・成岡±0・小川+3・安田+2)は、細かいながらもチョーマが激しく卓上を飛び交う展開となり、南4局を迎えた。
 点差は、平井04→小川05→安田22→成岡で、唯一人アガリのない成岡がラスめ。3着めの安田でさえ12の出アガリでOKというミクロの争いは、小川がフリテンながらしぶとく4・8をひいて連勝を決めた。
(◎小川+3→+6/安田+2/平井±0/●成岡±0→△3)

 B卓(堀川±0・山内△2・村田±0・田中△3)では、東1局に田中が3・6をひきアガるも、すぐに堀川が山内から40を出アガってトップめに。その後は流局が続いたが、南入してからは目まぐるしくラスめが入れ替わる。
 まず南1局に山内が10・20を決めると、南2局は村田が20・40。そして南4局は、再度ラスめに落とされていた山内が流局寸前の16巡目にこのひきアガリ。
 辛くも連敗を逃れた。
(◎村田±0→+2/堀川±0/山内△2/●田中△3→△5)


◆◆◆ 3回戦 ◆◆◆

 A卓(小川+6・安田+2・平井±0・村田+2)、東場は安田7・14、村田16(←平井)で終えて、戦いは南場へ。その南1局に村田がつまずいた。ピンフ・ドラ1のテンパイからをツモ切ると、ピンズで2フーロしていた平井にホンイチの80を献上。南3局には村田が先行リーチの安田に対して追いかけようとするも、そのリーチ宣言牌で78。結局、この安田のアガリが決定打になった。
(◎安田+2→+5/小川+6/平井±0/●村田+2→△1)

 B卓(成岡△3・田中△5・山内△2・堀川±0)では、連敗スタートとなった田中が奮起。東2局、7巡目に成岡が河に放ったに「ロン」。
 その後、成岡は堀川にも60を打ち上げ、ひとり大きく離されてしまう。
 南場に入って堀川が田中を逆転し、南4局を迎えて点差は、堀川22→田中30→山内130→成岡。
 終盤の14巡目、ようやくテンパイの入った成岡が、渾身のこのリーチ。
 すると、すぐに堀川からが打ち出される。もちろん「ロン」はかけられない。もっとも、堀川にすれば、成岡のラス抜け条件から自分の打牌には声がかかりづらいと踏んでの打牌である。
 そして17巡目、田中が成岡のをチーしてようやくテンパイを組むと、下がってきた田中の最終ツモが4枚目の。何とも皮肉なことに田中は、もし動きさえしなければ、堀川のオヤカブリによって転がり込んできたはずだったトップを、結果的に自ら潰してしまったのだった。
(◎堀川±0→+2/山内△2/田中△5/●成岡△3→△5)


◆◆◆ 4回戦 ◆◆◆

 気分よく2日目を迎えるためには踏ん張りどころとなる初日の最終戦。A卓(平井±0・堀川+2・安田+5・小川+6)は、東場は平井ペースで進行した。開局に3・6で先制した堀川から東3局に52を打ち取った平井は、東4局にも2フーロのホンイチで5・10。
 そして、南1局に小川が20・40をひきアガって迎えた南2局、南家・安田と西家・小川にほぼ同時にテンパイが入った(ドラ)。

 すると、ここに平井からリーチの声。が、この局を制したのは何とオヤの堀川。を力強くひき寄せ、ホンイチ・チートイツの40オール。これでアタマまで突き抜けると、そのまま逃げ切った。
(◎堀川+2→+5/小川+6/平井±0/●安田+5→+2)

 B卓(山内△2・田中△5・成岡△5・村田△1)。大きな負債を背負った田中・成岡はこれ以上マイナスは増やしたくないところであろう。が、田中への逆風がどうにも止まらない。成岡へ64、山内にはリーチ棒付きで80、さらに村田にも52と東場から火ダルマに。
 南4局を迎えての点差は、山内38→村田37→成岡266→田中。その1は村田が田中から18を打ち取り、その2は村田・山内・成岡の三者による激しい仕掛け合いとなった。
 序盤から一気に3フーロし、ドラもツモ切った成岡のテンパイはこれ。
   
 ここに終盤、村田がを放つと、成岡の「ロン」の声に山内のそれが重なり、アタマハネでアガったのは山内。ここは、ダブをアンコにして成岡に追いついたもののをひかされて回りに回り、直前にタンキのテンパイを組み直していた山内の執念が実った。
 成岡はまたもやギリギリのところでトップを逃し、マイナスのまま初日を終えることとなった。
(◎山内△2→±0/村田△1/成岡△5/●田中△5→△7)

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◆◆◆ 2日目/5回戦 ◆◆◆

 A卓(山内±0・小川+6・平井±0・堀川+5)、東1局にオヤの山内が10巡目に原点リーチ。
 宣言牌はで、その直前の打牌が。ドラ表示牌のカンチャン受けを嫌ってカンマチにしたところ、モロに裏目を食ってのフリテンリーチである。ここまで堀川が押していたため、これを封じ込める目的もあったか。事実、このリーチを受けた堀川は結果的にアガリを逃していた。残りの巡目を考えると山内に十分チャンスがあったように見受けられたが、ここは流局に終わった。
 すると続く東2局、今度は平井からリーチがかかった。
 こちらはオヤの小川が仕掛けを入れたのを見てのものだったが、をひき当て10・20。
 その後は細かいチョーマのやり取りがあったが、南2局に小川が20オールをひき、南4局を迎えての点差は、平井16→小川55→堀川28→山内。
 その南4局、テンパイ一番乗りはオヤの堀川。11巡目に、
 この時点でラスめの山内はまだ3シャンテンと全く出遅れていたが、その後堀川からと鳴けると即座にをひき当て、何とかラス抜けを果たした。
  
(◎平井±0→+3/小川+6/山内±0/●堀川+5→+2)

 B卓(安田+2・田中△7・成岡△5・村田△1)では、東2局に安田が原点リーチを放つも流局。その後、田中16(←成岡)、成岡7・14(オヤ・田中)とアガリが出て迎えた南4局、3着めの村田まで10差のラスめ・安田が2フーロと攻め立てるも、ここは成岡が踏ん張って10オール。その2は村田がトップ狙いのリーチをかけたが流局し、ラスなしで終了した。
(◎成岡△5→△3/安田+2/村田△1/田中△7)


◆◆◆ 6回戦 ◆◆◆

 A卓(平井+3・小川+6・山内±0・成岡△3)、まずは平井が東2局に山内の打牌を捕らえて40の先制点。
 
 しかし続く東3局、オヤの山内がリーチの最終手番でこんなをひき寄せた。
 
 これで主導権を握った山内は、他家の反撃を成岡の16・32だけに抑え込み、南4局も自らアガリきってトップ。スコアをプラスに乗せた。
(◎山内±0→+3/平井+3/成岡△3/●小川+6→+3)

 B卓(安田+2・堀川+2・田中△7・村田△1)。田中にとっては、残り全てトップでないと最終日に駒を進めることがほぼできない厳しい状況。が、このゲームは村田が大暴れ。東1局に田中からリーチ棒付きで40を打ち取ると、次局も田中から64。さらに東3局にはスーアンコをツモって(オヤ・田中)早々とトップを決めた。
 窮地に追い込まれた田中は東場でのビハインドがあまりにも大きく、結局このまま終了。これで事実上、田中の敗退が決まった。
(◎村田△1→+1/安田+2/堀川+2/●田中△7→△9)


◆◆◆ 7回戦 ◆◆◆

 A卓(成岡△3・村田+1・山内+3・平井+3)は、東1局から流局が続く重苦しい展開。初めてチョーマが動いたのは東4局、オヤの平井が3巡目に打牌を横に向けた。
 1枚でそれまでとは比較できないほど好形に変化する手格好だが、わずか2周でそのが3枚捨てられ、ならばと原点リーチに踏み切った。
 これに対して村田がすぐにを飛ばして42。その後ゲームはまたも膠着状態に陥り、再度動き出したのは南3局のこと。オヤの山内が 11 巡目にテンパイ。
  
 ここに成岡がツモ切りでリーチを宣言し、一気に場が緊迫する。
 この時点でドラは何と4枚ともヤマに生きていたのだが、山内の次巡のツモがで6オール。その2も山内は成岡から貴重なタンピンの30を出アガり、平井を捲ってトップめに浮上する。その3はラスめの村田とわずか200点差になってしまった成岡が積極的に仕掛けて、9巡目にテンパイ。
  
 が、この動きが村田にこんな恐ろしい手を送り込んでいた。
 互いに一歩も譲らずツモ切りを続ける成岡と村田。さらに村田は終盤にをアンカンするも、結局両者ともロン牌には巡り会えず、流局した。南4局はオヤの平井が山内を再逆転するべく8巡目にポンテンを入れるも、アガりきることはできなかった。
(◎山内+3→+6/平井+3/成岡△3/●村田+1→△2)

 B卓(小川+3・田中△9・安田+2・堀川+2)では、東1局にいきなり小川が安田から120を打ち取るが、東2局にオヤの田中がチートイツ・ドラ2をひきアガって小川を逆転。その後堀川が20・40をひいて反撃するも、南3局に田中が安田から52を出アガってトップ。
 ここまでずっとプラススコアで好位置につけていた安田にとっては、大きな1敗となった。
(◎田中△9→△7/小川+3/堀川+2/●安田+2→±0)


◆◆◆ 8回戦 ◆◆◆

 いよいよ2日目の最終戦を迎えた。ここで「同スコアは追いつき有利」というルールを念頭に、各々の勝ち残り条件を見てみよう。
 まず、現在+6で首位の山内(A卓)はすでに3日目に進むことが確定している。同時に△7の田中(A卓)も敗退が決定。次位は+3の平井(A卓)だが、バー以上なら文句なし。しかし、もしラスをひくとかなり勝ち残りが厳しくなる。一方で、平井と同じく+3の小川(B卓)はたとえラスでも+1となるだけなので可能性はある。
 そして+2の堀川(B卓)だが、こちらはトップなら無条件、バーでも同卓の±0の安田にトップを奪われなければまず大丈夫。その安田は、自身がトップを取れば堀川に追いつくのでOK。
 現在△1の村田(B卓)は、堀川もしくは小川とのトップ−ラスを決めることが条件。最後に△3の成岡(A卓)だが、こちらは自力での可能性はなく、平井とのトップ−ラスを果たした上でB卓の結果次第となっている。
 それぞれの思惑が交錯する中、静かに8回戦が始まった。

 A卓では、成岡が3・6で先行するも、直後に田中が山内に60を打ち上げる。このまま山内にトップをさらわれると明日の戦いが苦しくなる平井がここから踏ん張って、まずは5・10。さらに南2・3局と連続してリーチで10・20、40オールを成就させて一気に勝負を決め、山内と同スコアの首位で3日目に駒を進めた。
(◎平井+3→+6/山内+6/成岡△3/●田中△7→△10)

 B卓(堀川+2・安田±0・村田△1・小川+3)では、東1局に堀川が勝ち残りに向けて実に大きな120をモノにした(放銃・村田)。
 堀川にオヤカブリさせるべく2フーロでテンパイを入れていたため、ロン牌を止めることができなかった村田にとっては痛恨の放銃となった。
 東場はこのあと安田が小川に28を打ち込んだだけで終了し、以降は流局が続く。そして動きがあったのが南3局、安田が遅ればせながら堀川追撃の20・40。
 このアガリで安田は堀川まで18差まで迫り、南4局へ。が、ここは堀川がピンフをひきアガって自ら安田・村田に引導を渡し、小川と共に最終日に駒を進めた。
(◎堀川+2→+4/小川+3/安田±0/●村田△1→△3)

 かくして3日目に勝ち残ったのは、成績上位から平井+6・山内+6・堀川+4・小川+3の4名となった。ここからは404評価での戦いなので、実質的な差は順位ほどといったところ。翔龍戦始まって以来の僅差での最終日となったが、延長戦のない4戦という超短期決戦においては、これは決して小さな差ではないとも言える。
 果たして最後にこのスプリントを制するのは誰か。その答えは24時間後に出される。

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◆◆◆ 3日目/9回戦 ◆◆◆
(平井+6・小川+3・堀川+4・山内+6)

 最終日を迎えた。泣いても笑ってもあと4戦である。
 いつもにもまして張りつめた空気の中で開始されたこの日の初戦。東1局は流局し、迎えた東2局で平井が先行した(牌譜A)。
 平井にテンパイが入ったのが9巡目。
 そこにオヤの小川が12巡目に追いつき、ドラを打ち出してきた。
 結果はご覧のように、16巡目に小川がを掴み80の放銃。
 確かに小川も高目ひきアガリなら40オールのテンパイ。が、残り巡目を考えると、ここで駒を下げるという選択肢も十分あると思われる局面だっただけに、ノータイムでのツモ切りが淡泊に感じられたのも事実。あるいは、直前の平井のカラ切りにまんまとハマったか。
 しかし、これが小川の持ち味とも言えよう。実際、ここ数年のA級戦での小川の活躍はこの「攻め姿勢」によるものと言えるかもしれない。昨期のA級戦の最終戦でも、2度目の名翔位を手中にしたかと思われた瞬間もあった。
 ともあれ、現在首位の平井が気分よく先行を果たした。

 さてその平井だが、次局(牌譜B)の捌きには少々驚かされた。
 4巡目にしてこのイーシャンテンの平井。
 ここからしばらくツモ切りを挟み、9巡目のツモが。場には目立った動きなどはなく、(ここはドラのを打って目一杯に構えるのが自然かな)と見ていると、平井はノータイムでに手を掛けた。確かにサンショクを狙いつつ、かつドラを使い切るためにはこのソウズのメンツは不要!? が、シャンテン数と有効牌の枚数が…。もっとも、現在トップめにあることや、直前の山内の打を見て、ここでを合わせればソウズの上は確かに打ち出しやすくはなるといった理由もあったのかもしれない。とはいえ、観戦子には全く及びもつかなかった着手ではあった。
 で、この後どうなったかというと、次のツモがドラの。(なんだ、平井さん知ってたのね)。そして、10巡目に片アガリながらチーテンを入れる。その後、役なしながらテンパイの入った堀川のにはダンマリを決め込むも、これに合わせた山内からはポンするなどして暴れたが、堀川にロン牌を送り込むことに成功?はしたものの、自身はアガれない方のをひいてしまい、そこまで。
 続く東4局は小川が3メンチャンのピンフをヤミテンのままひきアガり4・8。そして次局は最終手番でロン牌をひき寄せ、20・40で小川がラス抜けを果たす。
 
 が、その小川がビッグチャンスをモノにすることができなかったのが次局(牌譜C)。オヤ番で好配牌を得て、積極的に字牌から切り飛ばす小川。分岐点は7巡目か。
 小川の選択は、あくまでドラにこだわる打。で、次の有効牌が9巡目のツモ。もし7巡目に打としておけば、ここでテンパイが組めていた。さらに言えば、あくまでドラにこだわるのであれば、5巡目の打牌はという選択肢はなかったか。
 もし小川がそのようにしていれば、9巡目にこのテンパイが組めていたかもしれない。
 この場合は13巡目に40オールとなっていたが、実戦では11巡目のツモでテンパイ。
 ここで小川はヤミテンを選択したのだが、もしここで「リーチ」の声が出ていれば、おそらくこのゲームの結果は違ったものになっていたに違いない。その後小川は15巡目に「タラレバ」のドラをひかされるとこれを打ち切れずにテンパイを崩し、直後にアガリを逃した。
 確かに実戦心理というものもあるので何とも言えない部分もあるのだが、こういった場面でキツい踏み込みを見せてアガリを得る小川の姿もこれまで何度も見ているだけに、もったいなかった気がしたのは事実である。一方の平井、もちろん本人は知る由もなかっただろうが、ここは大いに助かった。

 南3局は、平井が配牌には手の内に1枚もなかったドラを序盤から立て続けに3枚ひき込み、ダメ押しともいうべき20・40をひきアガる。
 そして迎えた南4局(牌譜D)。山内とラスめ堀川の点差は16。ここでの山内のリーチに対して、この日の終了後、平井が質問を投げかけていた。答えて山内、「あそこは、単にバーで逃げるだけやのうて、あくまで上を見据えてた。もし堀川さんが掴んだら止まらんかもと思ったのもあったし。ただ、リーチはツモまで待つべきやったかもなぁ」。
 確かにラスオヤなので安手での連荘にはさほど意味はないかもしれないが、持ち点状況を考えると多少強引な選択にも思える。とにもかくにも山内の思惑は絵に描いた餅に終わり、堀川がギリギリのところでラス抜けを果たした。
(◎平井+6→+10/堀川+4/小川+3/●山内+6→+2)


◆◆◆ 10回戦 ◆◆◆
(平井+10・堀川+4・山内+2・小川+3)

 東1局、小川が10巡目に軽やかに先制点を挙げる。
 これでわずかながらオヤカブリで平井がラスめへ。
 その平井、いきなりラスめに落とされて焦ったわけでもなかろうが、次局の放銃は少々淡泊に見えた(牌譜E)。
 ただ、この堀川の3巡目からの仕掛けも、微妙と言えば微妙か。
 
 堀川にしては腰が軽い、と見るのは観戦子だけであろうか。確かに、序盤からオヤにこんな仕掛けをされれば、子方はファン牌は打ち出しづらい。となればなおさらである。となると、この仕掛けはかなりの確率で出アガリなら30までという気がするのだが。もっとも、譜を見ればおわかりのように、実際にはこの堀川の判断が平井のチャンス手を潰していた。もしや堀川に何か閃くものがあったのだろうか。
 一方、放銃した平井だが、いかにドラを3枚抱えていたとはいえ、こんな仕掛けから入った堀川に対してと打ち出したのは“やりすぎ”のような気がする。平井なら「ラスめがドラを3枚持ってオリるわけないやろ」と言いそうだが、ともあれこれで並びができた。
 続くその2でも平井の打牌が捕まった。
 
 アガったのは山内。2巡目に堀川のを叩き、5巡目に平井がツモ切ったを捕えて20。
 その山内は、東4局も積極的に仕掛けて5・10。これで堀川をわずかながらかわして、戦いは南場へ突入した。
 そして、堀川が再逆転したのが南1局(牌譜F)。
 イーシャンテン一番乗りは小川。
 この形が6巡目。が、ここから有効牌をひけず、そうこうするうちに平井・堀川に抜かされる。

 この両者にテンパイが入ったのはいずれも12巡目。が、値段は比べようもない。さらに平井は次巡に出アガリOKとなって俄然力が入っただろうが、16巡目に堀川が自力で決着をつけた。
 そして迎えた南4局(牌譜G)。点差は、堀川10→山内15→小川102→平井(供託10)。ラスめの平井はもちろんのこと、ツモに好感触を得たのか、トップめの堀川も真っ直ぐに手を進める。点差が点差だけに、小川・山内ももちろんここは簡単には譲れない。かくして、通常の101ではそうそう見られない四者の激突が繰り広げられた。
 まずは10巡目に堀川が役なしながらテンパイ。そして、ここからが何とも目まぐるしい。
 ここで、イーシャンテンの下家・山内がやや少考して、
 すると、そのに小川が喰いつき、テンパイ。
  
 この鳴きで堀川がツモるはずだったが山内に流れ、とうとう三者がテンパイで並んだ。
 が、手に汗を握ったのも一瞬、決着はあっという間についた。堀川、首位の平井をラスにして大きな+4である。
(◎堀川+4→+8/小川+3/山内+2/●平井+10→+6)


◆◆◆ 11回戦 ◆◆◆
(山内+2・平井+6・堀川+8・小川+3)

 小休止を挟んで再開された11回戦。もし「◎堀川−●平井」なら堀川のコールド勝ちでの優勝である。一方、山内・小川にとっては、自身がラスなら優勝の可能性はほぼなくなる。
 そんな条件もあってか、ゲームは開局から重苦しい流局が続き、初めてチョーマが移動したのが東4局8巡目のこと。
 手を開けたのは平井。ここに、すでに役なしながらテンパイを組んでいた堀川が捕まった。
 ここからは小川・山内も必死になって堀川を締め付けにかかってくることが十分予想されるだけに、たとえ16差とはいえ堀川のラス抜けはそう簡単にはかなわないのではと思われたのだが、南1局、こともあろうにその堀川のリーチにオヤの山内が捕まってしまった(牌譜H)。
 実は、この山内の放銃に対しても平井が対局終了後に突っ込んでいたのだが、ここは読者諸兄もぜひとも山内の立場に立って、何を打つべきか考えてみて欲しい。
 当然だが、ここは絶対に放銃だけは避けたい場面である。が、これが実戦心理か。「7巡目に平井さんがツモ切ったに堀川さんが合わせた時の仕草というか打牌のしかたがあまりにもスムーズやったんで、4枚目のを持っている可能性は大いにあるなとその時は感じてたんやが…」(山内)
 とにかく、ドラを打ってリーチだけにそのマタギはまず打てない。そして、残った手牌は全て無スジという手詰まりからの放銃。が、決して山内をかばうわけではないのだが、ここまで追い詰められた局面でなければ以外の牌を選ぶことも可能だったような気がしてならない。
 山内「そもそもこんな手格好にしていることに問題がある。ただ、配牌でドラが2枚、オヤ番のここはとにかくアガりにいくと決めたはずやったのに…結局、ハラの括り方が中途半端なんよ」
 この局、山内の背後に陣取っていた観戦子は、のトイツ落とし途中の5巡目に、
ここで小川から打たれたをチーする手もないことはないのではと感じていた。もちろん、残った形を見ればなかなかできない仕掛けではあるが、現に山内本人も、ほんの一瞬だがそれが頭をよぎったというし、先ほどのコメントからするとあながちなくもない一手ではなかろうか。
 ともあれ、大変なことになった。もしこのまま堀川のトップで終われば小川・山内には優勝の可能性はなくなり、最終戦は「◎平井−●堀川」の場合のみ平井の逆転優勝となる(ちなみに平井がラスならその次戦すらないのは冒頭に記したとおり)。
 決して打ってはならない相手に放銃してしまった山内。この後は、果たして山内が精神的なダメージを引きずることなく戦えるかどうかが重要なカギを握っているな、と観戦子は感じていた。
 ところが、それが杞憂に過ぎないことがすぐにわかったのが次局(牌譜I)。実は観戦子が、山内の「隠れたファインプレー」だと勝手に決めつけた局でもある。
 序盤から積極的に仕掛ける山内。少々時間がかかり、ヤキモキしただろうが何とか3・6を得た。
  
 この最少得点のアガリ、一見意味がほとんどないように思う向きもあろう。観戦子も当初は少し気になったので、対局終了後山内に直接疑問をぶつけてみた。
 山内「あの放銃の直後の洗牌の時に、もう頭は切り替えた。このあとは、とにかく堀川さんとの点差を段階を踏んで詰めていこう、と。もちろん大きなアガリをモノにできればそれに越したことはないけど、次局、最低でも3・6で堀川さんと49差。こうしておけば、もしその次の堀川さんのオヤ番でどうにもできんでも、最終局は10・20条件になるから」
 この日立会人を務めていた愛澤圭次理事長も、対局後大いに感心していたこの冷静な判断。そして事実、この3・6が最後に大きくモノを言ったのである。
 続く南3局、オヤの堀川は序盤でファン牌を4種も抱えさせられ、流局狙いへ。未だラスめの山内はもちろんのこと、堀川を追撃したい平井・小川も手が重く全員がノーテンで流れ、ついに南4局(牌譜J)を迎えた。
 点差は、堀川10→平井13→小川25→山内。山内と小川は堀川トップで「ジ・エンド」となるためアタマ狙いあるのみ。平井も最終戦の条件を考えれば、ここは当然真っ直ぐアガリに向かうだろう。
 まず、先手を奪ったのは平井。堀川から2つ三元牌をポンポンと鳴けて、7巡目にこのテンパイ。
  
 前局はファン牌を抑え込んだ堀川だったが、今回は序盤からそれなりに手が整ったため、押し出されるようにと立て続けに放し、その両方を平井に叩かれた。
 テンパイ後、連綿とツモ切りを続ける平井。すると12巡目、ようやく山内が追いついた。そして、ひときわ大きな発声とともに山内が打牌を横に曲げる。
 ご覧のとおり、山内の河には3巡目にが捨てられているが、もとよりこれは10・20条件に不要と判断してペンチャンターツを外したもの。が、直後にひかされた本来“裏目”のを落ち着いて手に残したのが結果的に大きかった。
 山内の出アガリ条件は52以上。それ未満であれば、堀川以外からの出アガリはない。それを見越した上で平井も真っ直ぐに突っ込むが、なかなか決着がつかないままどんどん巡目が進んでいく。ここに至っては両者の摸打を見守るしかない堀川と、何とか活路を見出さねば敗退が決まってしまうため必死にツモと格闘する小川。四者が四者とも何とも言えない形相で河を睨みつけている。
 そして残りのヤマもわずかという17巡目、この時点で平井のも山内のもいずれもヤマに残り1枚ずつだったが、先にいたのはだった。こうして山内が土俵際で何とかトップをもぎ取り、最終戦へと望みをつないだ。それは同時に、小川にとっては今期の翔龍戦が終焉した瞬間でもあった。

(◎山内+2→+6/堀川+8/平井+6/●小川+3→△1)



◆◆◆ 12回戦 ◆◆◆
(山内+6・小川△1・平井+6・堀川+8)

 3日間にわたる翔龍戦もついに最終戦を迎えた。改めて、優勝の可能性のある三者のスコアとその条件を確認しておこう。
 まずは+8の堀川は、「トップ」もしくは「小川単独トップの時のみ自身バー」で優勝。次に山内は平井と同じ+6だが、「同スコアの時は後から追いついた方が上位」というルールによって「トップ」もしくは「小川単独トップかつ堀川ラス」なら勝ち。最後に平井だが、こちらは「トップ(ただし、堀川及び山内との同点トップは不可)」以外に優勝はない。

 開局はオヤの山内が主導権を取るべくファン牌を叩いて攻めるも、ロン牌には巡り合えず流局。
 局面が動き出したのは東2局の小川のオヤ番から。13巡目にその小川がドラのをツモり、手を開けた。
 心なしか「ロン」の声にいつもの小川らしい張りがないのも、自身にだけは優勝の目がないので無理もないところか。が、このアガリで恐らく堀川・山内の方針は決まったに違いない。一方、これで色めき立ったのが平井である。101では40オールをひかれてのビハインドは相当に大きく、これで平井は一気に苦しくなったかに思えたのだが、流局を挟んだ東3局で今度は平井がこんな40オールをモノにした(牌譜K)。
 配牌にはわずかにトイツが2組というものだったが、ツモが生きていた。
 運命の分かれ道は11巡目。
 の選択でどちらもション牌。もしここで平井がを摘まんでいた場合、すでにこのを雀頭にして役なしテンパイを入れていた小川がこれを叩いて役ありテンパイに渡るという可能性も否定はできないが、持ち点状況や場況などを考慮すると恐らく自重すると考えるのが妥当であろう。となると、平井の次巡のツモがでテンパイ。そのテンパイ打牌のに堀川が実戦同様ポンテンをかけると、次の平井のツモがで、ここで当然ツモリスーアンコに待ち替える。もまだヤマに1枚ずつ残ってはいるが、堀川のもこれまた1枚ずつ生きており、結果がどう転んだかは全くわからない。
 さて、実戦では平井にご覧のとおりのフリテンリーチがかかり、マンガンのポンテンだった堀川もさすがにここは撤退。そして、平井が大きな40オールを得て、小川に並びかけた。
 これで勢いづいたか、東4局には平井が単独トップめに躍り出る。
 これが13巡目のひきアガリなのだが、実はこの時、オヤの堀川にもこんなテンパイが入っていた。
 
 ただ、堀川の河にはがありフリテン。それでもロン牌はまだ3枚ヤマに生きていただけに、長引けばどうなっていたか。平井、大きなピンチをすり抜けたこの5・10は値千金にも思えた。
 その後は膠着状態が続き、大きくゲームが動いたのが南3局のこと(牌譜L)。最初にテンパイが入ったのは9巡目の平井。
 同じ巡目に、山内にもテンパイが入る。
 
 平井はこのマチに大いに手応えを感じていたようで、アガリきれなかったことを対局終了後しきりにボヤいていた(は終局時点で王牌に2枚眠っていた)。
 一方、山内のこの仕掛けは、たったの12とはいえあわよくば平井直撃、次善でもツモアガリで何とか小川と平井の点差を詰めようと画策してのもの。平井の攻勢にこのまま手をこまねいているわけにはいかないということだろうが、いかんせん13巡目に出たロン牌は小川から。もちろんロンをかけるわけにはいかない。アガったところで自分の首を絞めるだけである。
 ところが、この見逃しが思いもよらぬ急展開を産んだ。終盤に一気に小川が追いついたのだ。
   
 小川の手は、をポンした時点では、がトイツとはいえちょっとアガリには遠そうなイーシャンテン。その後テンパイは入るものの役なし、しかもフリテンのペンではどうにもならないと思われたところに、さらにドラのをひかされては普通ならここまでだろう。ところがが平井から打ち出されると小川はこれを叩いて、ドラタンキに持ち込んだのだった。
 が、局面は超終盤。残りヤマはほとんどなく、流局かと思われたその時、最終手番の堀川が小さな嘆息とともに、あたかもそれが共通安全牌であるかのごとくを静かに河に置いた。言うまでもなく、平井がトップめのまま最終局に入ることを回避する差し込みである。
 ところで、小川にを鳴かせた平井だが、これは少々強引な気がしなくもない。いかにマチに自信があったとはいえ、残り巡目やロンと言われた時のダメージなどを天秤にかけると、「ここは頭を下げる」という選択肢もあったように観戦子には見受けられるのだが、どうだろう。
 ともあれここは、溜めに溜め、最後の最後できっちりと差し込んだ堀川の決断に感服するほかない。小川の河にはがあり、いかに101ではホウテイ役がないとはいえ、ドラでササれば長打であることは必至。それでも、小川を平井の上に持ち上げるためにはこうするしかあるまい。が、言うは易し、行うは難しという。理屈ではわかっていても、実際にそれができるかどうかは別の話であろう。しかも堀川は、この差し込みによって平井をトップめから引きずり降ろしはしたものの、同時に自ら山内優勝の並びを作り出したことにもなるのだ。
 しかし、堀川はあえて「茨の道」を選択した。優勝するために、ここは一旦山内の下に大きく潜ろうとも、自身の運命を最後のオヤ番に託したのである。
 ついに南4局(牌譜M)を迎えた。山内は、このままの並びを維持できできれば優勝。平井は小川との55差を捲ればいい。そして、堀川はラス抜けに全てを賭けることとなった。
 その堀川が得たのが、この配牌である。
 何と表現すればよいのだろうか。流れ云々やオカルト、デジタル、因果律などこの際どうでもいい。これこそ、一人のマージャン打ちが自らの信じる道を突き進んだ結果だと、観戦子は思いたい。そしてこの時、観戦記者という立場を忘れて「堀川に勝ってほしい」との思いが胸をよぎったのも紛れもない事実である。
 4巡目に堀川の手からドラのが打ち出された瞬間、平井が眉をひそめながら上半身を乗り出し、山内も顔をしかめて苦悶の表情を見せる。それでも両者とも手を進めていかなければならない。そして、ヤマに2枚あったを先に掴んでしまったのは平井だった。堀川の「ロン、9600」の声に固まる平井。山内は、目の前で起こった出来事がいったい何なのかがわからないというような表情で、茫然と堀川の手を見下ろしている。
 ところで、譜をご覧になればおわかりのように、堀川は8巡目に40オールを逃している。堀川は対局後、「山内さんからの直撃がベストなので、(山内さんから)確実にこぼれる牌で待ちたかった」とコメントしており、このマチを維持したようだ。もしここで40オールを成就できても、山内との点差は75。これは、次局80出アガリか13・26でかわされる点差であり、平井も小川との点差は55のまま。一方、もし山内を直撃できていれば、点差107となる山内のラスは濃厚となり、あとは平井が小川を捲ることを阻止できさえすれば、堀川の優勝である。もちろん可能性という点では、まだ20・40でOKの山内のそれが潰えるわけではないが、あくまで現実的に考えた場合、堀川にとって優勝へのハードルが低いのは間違いなく後者だろう。
 あえて山内を直撃しようとして40オールを逃し、結果は平井からの出アガリ。それでも、この96に何一つ不満のあろうはずはない。何より、これで平井はハネマンツモアガリでも小川に届かなくなってしまったのである。
 さあ、これで今度は堀川が栄冠に手をかけるところまできた。しかし、そのためには堀川は全力でもう1局凌がなければならない。

 堀川と山内の差はわずかに11。ということは、山内は「ロン」と言えさえすればよい。逆に平井が優勝するためには、小川と点差151を捲らなければならない。かくして激闘3日間の集大成ともいうべき最終局が開始された(牌譜N)。
 前局とは打って変わって手の内にバラバラの字牌を4枚の配牌を手にした堀川は、テンから流局策に出た。小川は、この期に及んでは自分の出番は終わったとばかりに、三者に勝負の趨勢を預ける。そして山内・平井はそれぞれの条件に従ってストレートにアガリに向かうが、平井には黒棒1本が重くのしかかる。
 迎えた13巡目、何とかメンゼンで手をまとめた山内にテンパイが入った。
 何かを確かめるように、若干の間をおいてを河に置く山内。マチはカン。堀川と小川の河に正しい情報が出ていない以上、ここは見えている枚数から判断するしかあるまい。そして、万一のツモに備えて当然のヤミテン、あとは残りヤマとの勝負である。
 一方の平井、最後の運命の分かれ道は山内テンパイの3巡後の16巡目、
 執念でツモリスーアンコのイーシャンテンまでたどり着いていた平井だったが、ここで堀川から放たれたを鳴くという選択肢もあった。このままでは、この後たとえツモアガれたとしても小川には届かないが、その小川の手詰まりを期待しつつ、山内がリーチ棒を投げればツモアガリもOKになる。現に山内は対局後「もし平井さんが動けば、恐らくリーチに踏み切ったと思う」と証言している。
 しかし、平井は「他力での勝ちなど眼中にはない」とばかりに正々堂々と不動の構えを貫いた。そして、もしここで平井がポンテンを取っていれば、4枚目のは堀川の手の中に収まっていたのだ。
 迎えた17巡目、ドスの効いた「ロン」の声とともに山内の手元でが表を向いた。しかしその音は発声のトーンとは対照的に、11回戦南4局でをひきアガった時と比較すると、意外なほど静かなものだった。
(◎小川△1→+3/山内+6/平井+6/●堀川+8→+4)

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

 場所は変わって、対局室の最寄り駅であるJR御徒町駅近くの居酒屋での打ち上げの席でのこと。
 優勝した山内の正面には堀川が座している。もっともこれは別に意図的なことではなく、かといって全くの偶然というわけでもない。多分に洩れず、昨今は我が101競技連盟にも世間並みに禁煙志向の波が押し寄せ(かく言う観戦子もその一人。一方、山内・堀川はいずれもスモーカーである)、喫煙者が少なくなってきただけの話である。
 ほどなくして愛澤理事長の音頭で乾杯となり、山内の席まで皆がグラスを合わせにやってくる。そして、いつものようにあちらこちらのテーブルで歓談が始まった。
 ふと気付くと、山内と堀川の周囲では、先刻からマージャンの話題が出ない(もっとも向こうの席では、成岡が大きな声でマージャンの話しかしていないが…)。というか、乾杯の直後にほんの少し対局内容について触れられただけで、その後は一向に話題に上らない。
 これはひょっとすると、さすがの山内も遠慮しているのかとも思ったが、ただ、これは無理もないことかもしれない。確かに結果的に優勝したのは山内だが、そのお膳立てを全てしたのは堀川だったと言っても過言ではないのだ。見方によっては、最後の美味しいところだけ山内がさらっていったようにも見えるのも、また事実ではある。
 もちろん、そこは山内も大人なので、堀川に対して同情したり「すまなかった」などと声をかけたりはしない。ただ、勝ったはずの山内の表情が微妙なものであったのを観戦子は見逃さなかった。が、堀川に目をやると、終始笑みを浮かべながら会話を楽しんでいる。確かに結果こそ残せはしなかったが、持てる力は十二分に出し切った。だからこそ悔いはあまりないのかもしれない。
 そういえば、以前、観戦子の敬愛する有馬理(数年前に引退、現在は特別会員)がこんなことを言っていたのを思い出した。「結果も大事だが、それ以上にいい牌譜を残す、それが重要な仕事なんだ」。堀川は、その点に関して言えば自分らしさを発揮し、結果は別にして満足できる仕事ができたのではなかろうか。

 一方、これが連盟入り23年目の初タイトル獲得となった山内だが、最後の最後できっちりと結果を出したのだから、堂々と胸を張ってもらいたいと思う。
 気が付くと、成岡が山内の隣にやって来て、盛んに祝福の言葉をかけている。名翔位であり、昨年のこの翔龍位を含め数多のタイトルを獲得してきた年下の兄弟子(ともに僧根幸男門下)である成岡。これまで幾度も山内から祝福されてきたことだろう。今夜はそのお返しである。
 実はこの日成岡は、現在101競技連盟で試験的に行っている対局中継のストリーミング配信の映像を自宅で観ていて、11回戦の最終局で山内が逆転トップをモノにするや、いても立ってもいられずに対局室に駆けつけたのだという。そして、勝った山内本人よりもうれしそうな様子に、成岡のまた違った一面を垣間見たような気がして微笑ましく感じられたことも書き添えておきたい。
 山内は最近酔うとしきりにこう言う。「オレには時間がないんや」(決して不治の病いで余命幾年というわけではない、念のため)。古くからの101ファンの方々ならご存知であろうが、山内はこれまでに3度A級に昇級している。 それは同時に、3度A級から陥落したということでもあるのだ。「もう一度やらんとアカンのや」。恐らく幾夜も眠れぬ夜を過ごしたに違いない。山内の挑戦はまだ終わってはいないのだ。が、今しばらくは今日の勝利の美酒に酔いしれてもいいではないかと、観戦子は勝手に思うのである。

 山内さん、本当におめでとうございました。そして最後に、拙文にお付き合い頂きました読者諸兄の方々に感謝の意を表しつつ、筆をおかせて頂きます。ありがとうございました。

第9期翔龍戦 成績表

初日・2日目 (5月3・4日/東京対局室)
A卓:303評価(トップ◎/ラス●) B卓:202評価(トップ○/ラス▲)

選手名
1回戦
2回戦
3回戦
4回戦
5回戦
6回戦
7回戦
8回戦
終了時
順位
成岡 明彦
A 
A 
B 
B 
B 
A 
A 
A 
△3 6
小川  隆
A 
A 
A 
A 
A 
A 
B 
B 
+3 4
平井  淳
A 
A 
A 
A 
A 
A 
A 
A 
+6 1
田中  実
A 
B 
B 
B 
B 
B 
B 
A 
△10 8
安田健次郎
B 
A 
A 
A 
B 
B 
B 
B 
±0 5
村田 光陽
B 
B 
A 
B 
B 
B 
A 
B 
△4 7
堀川 隆司
B 
B 
B 
A 
A 
B 
B 
B 
+4 3
山内 啓介
B 
B 
B 
B 
A 
A 
A 
A 
+6 2

3日目 (5月5日/東京対局室)
404評価(スコア持ち越し)

選手名
開始前
9回戦
10回戦
11回戦
12回戦
終了時
結果
平井  淳 +6 +6  
山内 啓介 +6 +6 優勝
堀川 隆司 +4 +4  
小川  隆 +3 +3  

第9期翔龍戦 システム

【出場資格】
 前期の翔龍及び順位戦各クラス上位選手合計8名

【システム】
・初日・2日目
 1回戦は、前期の翔龍位をA卓シードとし、出場資格取得順にA・B卓を決定する。
 A卓が303評価、B卓が202評価で行われ、各回のA卓の4位者とB卓の1位者が昇降 する。
 なお、同点1位または4位なしの場合は、「起家に近い方を下位」とし、昇降者を決定する。
 8戦を行い、上位4名が3日目の決定戦に進出する。
・3日目(決定戦)
 404評価による4戦を行い、最上位者を「翔龍」とする。
 4戦を行う前に最上位者が確定した場合は、その時点でコールドゲームとする。
 ※本戦・決定戦とも、同スコアの場合は、追いついた方を上位とする。