第37期順位戦A級 第4節

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第4節観戦記「人間らしくマージャンを極める」:鈴木 聡一郎(最高位戦日本プロ麻雀協会)

【人間らしいミス】
 2016年10月30日、将棋界に衝撃的なニュースが流れた。
 第2期叡王戦本戦トーナメントにて、持ち時間内に会場に着くことができず、久保利明九段が不戦敗となったのだ。
 理由はといえば、何ということはない。ただの勘違いである。聞けば、「14時開始なのを19時開始と勘違いした」と言う。
 この1件について、みなさんはどのように感じただろうか。「なんてバカな」、「大事な対局の時間を間違えるなんてありえない」と思われただろうか。
 私はといえば、「ああ、こんなトッププロもやっぱり人間なんだな」と思ったのである。AI(人工知能)と対戦する電王戦出場資格を獲得するための叡王戦における、人間にしかできない負け方に、何やら安心感のようなものを感じたのであった。
 A級通算9期の久保九段というトッププロですら、そういうことがある。トッププロでも二歩で負けることがある。
 理由はただ1つ、そこにいるのが人間だからなのである。人間であればこそ、ミスもあれば思いもよらないファインプレーも起こせるのだ。

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◆◆◆21回戦A卓◆◆◆

愛澤△4・堀川5昇・大川戸△5・大貝1昇

【人間らしいミスその1】
 東1局【牌譜1】、大川戸が大貝・愛澤との2軒テンパイを制し、7・14で幸先よく先制した後は流局が続いて南入する。
 すると、南2局に事件【牌譜2】。11巡目にチートイツドラ2のテンパイ果たした堀川。
 次巡に1枚切れで絶好のを引くと、からマチカエ。
 はて、はどこかで見たような。そう、これは自身がトイツの牌である。何ということはない。これが人間ゆえの勘違いだ。堀川ほどのトッププレイヤーでもこれがある。
 しかし、今期の堀川には、こんなミスを吹き飛ばすほどの順風が吹いている。
 すぐにと待ち頃の牌を持ってきて、その都度入れ替え。終盤にかかった愛澤のリーチにも押し切り、をツモアガリ。40オールに仕上げ、一撃でダントツとなる。
 すると、このオヤが長い。その2では36を愛澤から【牌譜3】
 
 その3では5巡目テンパイの8巡目ツモで強烈なホンイチ。
 2回目の40オールで、昇を重ねた。

 ラスの行方はといえば、南3局にリーチで13・26を決めた愛澤がラス抜け。大貝にラスを押し付けている。

(◎堀川/●大貝)


◆◆◆21回戦B卓◆◆◆

平井△2・西尾3昇・成岡△2・小川4昇

【人間らしいミスその2】
 東2局のオヤ番でチーテンの120をアガった西尾がトップ、放銃した平井がラスとなった。
 
 ところで、ラス目の平井と競っていた小川が、南2局に意外な打牌をした。
 5巡目に、このドラをツモ切ったのである。ドラの雀頭を固定し、としていくのがマジョリティだと思うが、小川はこれをツモ切って最も広く受けつつ、のいずれかが重なっての345のサンショクを見た1打を選択したのである。
 そして、次巡にツモで最速テンパイを果たすも流局。ドラのツモ切りについて、小川に真意を尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきた。
「あれは、勘違いです。ドラをと勘違いしてました」
 別卓の堀川に続き、小川も珍しいミス。開発者がいれば、「AIなら、そんなことあり得ないよ」と嘲笑するのだろうか。

(◎西尾/●平井)


◆◆◆22回戦A卓◆◆◆

堀川6昇・大貝0・平井△3・西尾4昇

【アガれる待ち取りで堀川が2連勝】
 東4局、平井がこの13・26で堀川を逆転する。
 逆転された堀川も、続く南1局(平井25→堀川40→大貝13→西尾)、大物手のテンパイまでこぎつける【牌譜4】
 が3枚切れているため、サンショクを見切って1枚切れのタンキに受けた。これに捕まったのが大貝。平井・西尾にテンパイが入っていても不思議ではなく、ちょうど堀川と平井・西尾の捨て牌が真逆の様相で凌ぎにくい。3者に挟まれた大貝は、堀川のに嫌な感じを抱きつつも、の形からノーチャンスのを打ち出して痛恨の78。

 しかし、その大貝も、続く南1局その2で11巡目リーチをツモって20・40でラス抜けを果たす。
 すると、南2局(堀川33→平井43→大貝35→西尾)では、平井が7・14で堀川を再逆転。

 南3局(平井02→堀川83→大貝28→西尾)では、さらなる逆転を狙う堀川が、ソウズの濃い河を作り上げると、目論見通りポンでカンテンパイ【牌譜5】
 
 その後、平井にもワンズ一色手の仕掛けが入り、ソウズとワンズに挟まれた大貝が、ホンイツとトイトイに当たらないアンコのを打ち出して16。堀川が最後に再び逆転を果たし、2連勝を飾った。

(◎堀川/●西尾)


◆◆◆22回戦B卓◆◆◆

成岡△2・大川戸△5・愛澤△4・小川4昇

【NARUOKAの牌効率】
 流局に続く東2局の序盤、成岡の手が止まる。
 さて、何を切ろうか。私は、サンショク、イッツー、チャンタとすべてを残す辺りに手をかけてしまいそうである。
 しかし、それではトイツ手で1手遅れてしまい、おそらく間に合わない。この手牌で間に合わせるためには、やはりトイツ手を残すべきで、成岡の打ったが正解なのではないだろうか。
 打の後、ツモ、ツモ、ツモ、ツモでこの先制テンパイにこぎつけた。
 ここから、10巡目に愛澤の切ったをポンすると、次巡に愛澤のペンチャンターツ落としだったを捕えて52。成岡が得意のトイツ手で先制した。

 すると、次局も成岡。
 今度は、5巡目にこのテンパイという潤沢な手牌を授かると、大川戸からを打ち取って80。成岡が一気に突き抜ける。

 しかし、なぜか成岡がトップ目のときに元気なのが小川。これは私の体感なのだが、成岡がトップを走ったときには、小川が競りかけてくる印象がかなり強い。

 東4局(成岡132→小川52→愛澤28→大川戸)、
 ここでもやはり、追ってきたのは小川。ヤマに5枚残りの11巡目テンパイを組むと、安目ながらで26オールを決めた。

 続くその2(成岡28→小川156→愛澤28→大川戸)でも、小川がチートイツをノーミスで仕上げ、このテンパイ。
 7巡目に愛澤が放ったを捕えて96。たった2局で成岡をまくってしまった。

 南4局(小川68→成岡212→大川戸78→愛澤 供託10)、再逆転を狙う成岡の9巡目。
 10・20ツモで足りる状況で、が1枚ずつ切れている。は残っていそうなのだが、受けの広さを優先し、成岡は打とする。
すると次巡のツモがで、切りリーチに踏み切った。アガリ逃がしの格好にはなるが、それでもヤマに3枚生きのリーチである。しかし、ツモれず流局。小川がトップを死守し、名翔位を争う堀川とともに昇を伸ばした。

(◎小川/●愛澤)


◆◆◆23回戦A卓◆◆◆

大川戸△5・平井△3・西尾3昇・愛澤△5

【まさかの最下位転落】
 南3局(平井45→西尾・愛澤33→大川戸)、トップ目の平井がラス目の大川戸に64の放銃で着順の天地が転換。
 6巡目と早い巡目であるため防ぎようがないと見えるが、平井にとっては痛恨の放銃となった。

 しかし、こういった場面で図々しく平然とラス抜けするのが平井。南4局(大川戸31→西尾・愛澤19→平井)、
 6巡目にこのテンパイを組むと、西尾・愛澤のテンパイを振り切って9巡目にツモアガリ。平井がラス抜けを果たした。逆にオヤかぶりでラスを押し付けられた愛澤はマイナスを6まで増やし、ついに最下位まで転落。

(◎大川戸/●愛澤)


◆◆◆23回戦B卓◆◆◆

堀川7昇・成岡△2・大貝0・小川5昇

【続・NARUOKAの牌効率とOGAWAの手順】
 本日初めて、首位を争う堀川・小川の直接対決となった。そんな卓で、成岡が燃えないわけがない。残り回数を考えても、これ以上2人に走られるわけにはいかないのだ。

 2局連続流局の後、東3局に大きな動きがあった【牌譜6】。北家成岡がドラトイツの配牌を手にすると、真っ直ぐに進めて5巡目にこうなった。
 タンヤオを見て打だろうか。あるいは、メンツ手とチートイツを天秤にかけて辺りを切っておくのもあるか。
 しかし、この手牌の主が成岡なら、自然と打が浮かび上がる。極端にソウズが高く、ドラを2枚以上使い切るためには、の2スジを引かなければならない。ぱっと見てタンヤオドラ2以上になりそうでも、この手牌はメンツ手では意外と苦しいのである。これを間に合わせるなら、マンズだけでテンパイまでたどり着くことができるチートイツが最有力なのだ。
 成岡は、打の後、すぐにを引いてタンキに受けると、そのまま終盤14巡目までやってきた。ここで引く生牌の。道中で同じく生牌のをツモ切りしているのだが、14巡目の生牌とあらば話は別。成岡は、にマチカエする。
 このをポンしてテンパイを組んだはオヤの大貝。
 
 待ちは、言わずもがなそのである。の引き合いとなった今局を制したのは、成岡。次巡にを叩きつけて20・40。これで1人抜け出した。

 成岡がトップ目ということは、当然のようにあの男がやってくる。小川だ。
 東4局(成岡100→小川・堀川20→大貝)、オヤ番の小川は、6巡目にこうなった【牌譜7】
 おそらくこのルールでは、基本的に2つしか選択肢がない。
 1つは、アガリにかけてドラのを打ってしまう選択。
 もう1つは、打点を追ってピンズのいずれかを切ってチートイツに向かう選択だ。
 小川がどちらを選択するのかと見ていると、小川の選択はなんと打だったのである。
 これには衝撃を受けた。私の中では、全く候補になかった選択である。
「6オールでいいからアガりたかったんですよね。その上で、の重なりも逃がしたくない」
だから、打だと小川は言うのである。
 結果的には、この打が正解となった。を引くと、その後ピンズが押し寄せ、終盤のにチーテン。
 
 次巡にを引き寄せ、40オールにしてしまった。6巡目の段階でチートイツ1本にしていると、下家の堀川に捌かれてアガれていないかもしれないし、メンツ手も見てドラを打っていたら、やはりアガれていない。
 独特の感覚がもたらした、超ファインプレーで小川が成岡をまくった。これはきっと、AIにはない手順なのではないだろうか。何やら、ちょっと誇らしい気持ちになる。

 しかし、その2では成岡が6巡目リーチ。
 を引いて再逆転を果たすと、そのまま逃げ切って成岡のトップ。成岡が、きっちり上位2人を食い止めてみせた。

(◎成岡/●大貝)


◆◆◆24回戦A卓◆◆◆

小川5昇・堀川7昇・平井△3・愛澤△6

【堀川vs小川の首位争い】
 本日最終戦も、上位の堀川・小川が同卓になると、東1局に小川がいきなり勝負を決めるアガリ。
 テンパイの堀川からこの48を打ち取り、トップラス状態にすると、そのまま3人で堀川を抑え込み、南3局を迎えた。

 南3局(小川23→平井08→愛澤75→堀川)にも、堀川が9巡目に高目ダブのリーチをかけるが、これも多くは流局となるものだ。
 しかし、予想に反し、ここで平井が勝負をかける。8巡目にチーテンをかけていた平井。
 
 アガればトップになるオヤの平井は、堀川のリーチに向かっていった。堀川にツモられるとオヤかぶりでラスに転落するということ、トータルがマイナスであるということが平井の背中を押した。
 その結果、終盤に掴んだで、平井が堀川に52放銃。首位堀川は、小川に1昇差を詰められたものの、ラス抜けでほっと一息といったところ。

(◎小川/●平井)


◆◆◆24回戦B卓◆◆◆

大川戸△4・成岡△1・大貝△1・西尾3昇

【今期初の同点トップ】
 東3局(西尾16→大貝・大川戸16→成岡)、成岡が8巡目に絶好のドラを引いてテンパイを果たす【牌譜8】
 成岡が、「もうリーチしてやろうかとも思った」と語る自信のをすぐに引いて20・40。ラス抜けどころか、トップまでまくってしまった。

 すると、オヤかぶりでラス目に転落した大貝も奮起。
 南1局(成岡68→西尾16→大川戸20→大貝)に、西家でドラアンコの7巡目テンパイを引きアガり、ラス目から一躍トップ争いまでやってくると、南3局のオヤ番で6オール。これで成岡をまくって大貝がトップ目に立った。

 しかし、南3局その2(大貝20→成岡64→大川戸44→西尾)では、西尾がダブポンから20・40を決めて、ラス抜け。
  
 それと同時に大貝と成岡が同点となり、今期初の同点トップ。△1同士、仲良く±0に戻して本日の対局を終えた。

(◎成岡・大貝/●大川戸)


 終わってみれば、冒頭に人間らしいミスを犯した堀川・小川が2人で昇を伸ばし、名翔位争いを繰り広げている。ミスもあれば、超ファインプレーもある。これが、人間が醸し出す味というものではなかろうか。
 人間がヤマを積み、人間が考え、人間が打つ。
 そんな当たり前の温かみが、101には通っている。
 今年度後半戦には、どんなドラマが待ち受けているのだろうか。
 願わくば、101に関してはどんなAIをもはるかに凌ぐ、前名翔位AIzawaと現名翔位hirAIの逆襲など、見せていただきたいものである。

第4節自戦記

ただいま、制作中です。

第37期順位戦A級 第4節 星取表 (10月15・16日/東京)

選手名
開始前
21回戦
22回戦
23回戦
24回戦
25回戦
26回戦
27回戦
28回戦
終了時
順位
平井  淳
△2 B  A  A  A  B  B  B  A  △1 5
成岡 明彦
△2 B  B  B  B  B  A  B  A  △1 6
小川  隆
4昇 B  B  B  A  A  A  A  B  6昇 1
愛澤 圭次
△4 A  B  A  A  B  B  A  A  △6 7
堀川 隆司
5昇 A  A  B  A  A  A  B  B  6昇 2
西尾  剛
3昇 B  A  A  B  A  A  A  A  6昇 3
大川戸 浩
△5 A  B  A  B  A  B  B  B  △8 8
大貝 博美
1昇 A  A  B  B  B  B  A  B  ±0 4
立会人:山内 啓介