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第38期順位戦A級 第2節

 観戦記星取表

第2節観戦記「101ならではの戦略」:鈴木 聡一郎(最高位戦日本プロ麻雀協会)

【101ならでは】
 101といえば、巷のマージャンと違うルールがいくつかある。その中でも特殊な戦略に「ノーテンリーチ」がある。短期条件戦の八翔位戦では、押し上げたいプレイヤーの条件を緩和するためにノーテンリーチをかけるといった理由で、日常茶飯事のノーテンリーチだが、長期の順位戦で見ることなどないと思っていた。実際、これまで3年ほど1日ずつ順位戦の観戦記を書かせてもらっているが、ノーテンリーチを目撃したことは皆無である。

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◆◆◆ 9回戦A卓 ◆◆◆

〈堀川△2・平井△5・成岡2昇・西尾0〉

【順位戦における「預ける」感覚】
 さて、他団体のリーグ戦と違い、評価法が101の順位戦においては、1トップ1ラスの持つ意味が非常に大きいため、まだ序盤といえる第2節でも「トップやラスを選ぶ」という戦略があり得る。
 今回のケースが正にそれで、オーラスを迎えて点数状況は、西尾31→堀川30→平井234→成岡。
 この状況で成岡が考えることといえば、まずは自身の手牌が早いハネマンになるかどうかだが、それが難しそうなのであれば、△5の平井がマンガンを仕上げられるかどうかである。
 成岡いわく、「自分以外の誰かがトップになるなら、△5のやつに預けといたほうがいい」。
 すなわち、バラバラな手牌を受け取った成岡は、平井のマンガン成就を全力でサポートすることに回ったのであった。
 その平井が8巡目のにポンの声をかける。
 
 これを見た途端、成岡がすぐにと打ってあっという間の80完成。
 なるほど。どうせなら自分から遠い相手に預けておくか。
 大衆向けのマージャンに染まり切った私には、2節目という序盤でのこの発想には、なかなかに驚いた。
(◎平井/●成岡)



◆◆◆ 9回戦B卓 ◆◆◆

〈小川2昇・亀井3昇・愛澤3昇・田中△2〉

【見た目の状況を悪化させることで状況を改善するノーテンリーチ】
 南3局その2を迎えて、愛澤10→田中160→小川10→亀井という、トップ争いとラス抜け争いという二極化構造となっている。
 注目は、テンパイを目指していた小川が、ツモ番を1回残してテンパイできなかった局面。「ああ、テンパイできなかったか。オーラス勝負だな」と思った刹那、小川が「リーチ」と声を上げる【牌譜1】
 全く思いもよらなかった出来事に、観戦時に表情を変えないことには自信がある私も、もしかしたら若干顔色が変わってしまったかもしれない。
 一瞬、何が起こったのかわからなかったのだ。
 昨年はマージャンの観戦記だけで100本以上書かせてもらっている。これだけマージャンを観る仕事をさせてもらっていると、「何が起こったのかわからない」というレベルの出来事は、控えめに言ってもほとんどない。
 しかし、いま目の前に広がっている光景はなんだ。理解できない事象ではないのか。
 私は考えた。
 このノーテンリーチの意図は何か。
 理由は必ず点数状況のはずである。
 そこで、ノートに記した点数状況に再度目を落とす。
 3着争いの10という点差、それが目に入った瞬間、小川の意図を汲むことができた。
 この間わずかに3秒ぐらいだったと思うが、私には何十秒にも思えるほどマージャン101に潜った、息のできない時間であった。
 小川の狙いは、当然「ラス率を低くすること」になる。
 とはいっても、供託10を出して自身の持ち点を減らすことが、なぜラス率を減らすことになるのだろうか。
問題:あなたに2つの未来を用意した。どちらを選択するほうが有利だろうか。
未来A:このままラスの亀井を10リードした単独3着目でオーラスを迎える
未来B:亀井と同点3着目でオーラスを迎える
 どちらも、オーラスのオヤは田中である。
 実はこれ、一見すると良い状況に見える単独3着のAよりも、同点3着のBの方が、ラス落ちする確率は低くなる。
 Aのオーラスでは亀井は全力でアガリに向かうが、Bではかなり消極的に打つからだ。小川もかなり消極的に打つことが想定されるため、放銃さえしなければラスにならないことが多いのである。
 対局後、立会人の山内に尋ねたところ、こういった「戦略的ノーテンリーチ」は、年間のトータルを競う順位戦においては1年に1、2回あるかどうかだそうだ。
 こうして、小川が作り出した「オヤの田中以外は前に出ないオーラス」は静かに流局し、小川は涼しい顔でラスを回避した。
(◎愛澤/●なし)



◆◆◆ 10回戦A卓 ◆◆◆

〈田中△2・亀井3昇・堀川△2・成岡1昇〉

【順調に昇を重ねる亀井】
 全局流局の東場を終え、南1局で先制弾は亀井【牌譜2】
 2巡目に、ここからをツモ切り。
 まだ2巡目ということを考えれば、ストレートにダブを活かしたテンパイが組めることを想定してを切っておく手もあるが、亀井はの危険度とドラを活かした打点とのバランスを見てツモ切りとした。
 すると、あろうことかが入って迎えた4巡目にオヤからが打ち出される。
 を切っている関係上、このをポンすることはできない。
 それでも、を引いてテンパイを果たした亀井は、2手の手変わりを経て、テンパイの堀川からこのアガリ。
 動きのない南1局としては十分すぎる28でリードすると、南3局でもダメ押し【牌譜3】
 同じ役ナシでテンパイしていた成岡が「自信アリ」と言ったタンキは脇に流れ、亀井のはしっかり亀井のところに訪れる辺り、今期の成績を象徴しているようだった。
 このアガリで3着が同点になると、オーラスも流局して2戦連続のラスなしとなった。
(◎亀井/●なし)



◆◆◆ 10回戦B卓 ◆◆◆

〈愛澤4昇・小川2昇・平井△4・西尾0〉

【愛澤の差し切り】
 平井がリードする展開となったが、南3局で小川のテンパイ、西尾のホンイチ仕掛けに対して愛澤が追い付くと、西尾がツモ切ったを捕えて12。
 これで平井に迫ってオーラスを迎える(平井26→愛澤24→小川34→西尾)。
 序盤に直撃かツモ条件のチートイツテンパイを組んだ愛澤が、6巡目にあっさりツモって8・16。
 これには前回マイナスを減らして追い上げムードだった平井もがっくり肩を落とし、苦笑いを浮かべた。
(◎愛澤/●西尾)



◆◆◆ 11回戦A卓 ◆◆◆

〈堀川△2・西尾△1・小川2昇・田中△2〉

【ラスオヤの利を活かした田中のトップ】
 南3局までに3回のアガリを重ねた堀川がトップ目でオーラスを迎える(堀川85→田中07→西尾43→小川)。ラス目は堀川に2度放銃している小川。
 101では、オヤ番が早く終わったほうがうれしいと言った声を聞くことがある。非常に繊細な点数状況になりやすい101において、オヤかぶりによる降着を考慮しなければならないからだと思われるが、この局面の田中が正にそれ。例えば小川に10・20でもツモられようものなら、あっという間にラス落ちである。
 その田中に手が入った【牌譜4】
 4巡目にはドラ2枚含みのこの形。
 牌効率なら打だが、田中はここからを打っていった。場に安いピンズを使ったチートイツならばを頼りにせずとも仕上がるといったところか。
 しかし、が場に打たれるなら話は別である。当然ポンしてイーシャンテンに構えると、のチーテンを取らずに一を引き入れ、テンパイを果たす。
 すると、田中の手牌が安手であることに賭けたラス目の小川が、終盤にを差し込み、120。田中がトップを逆転した。
 
 オヤかぶりの一方で、ラスオヤにある「ラスからの差し込まれ」という特権を活かし、田中が堀川をまくった。
(◎田中/●小川)



◆◆◆ 11回戦B卓 ◆◆◆

〈平井△4・亀井4昇・愛澤5昇・成岡1昇〉

【成岡の憂鬱と這い上がる平井】
 東1局、成岡がドラアンコの配牌にカンを引いてテンパイを果たすと、すぐにをツモって20・40。
 オヤかぶりは△4の平井。
 成岡は、次局にもこのテンパイを果たす。
 しかし、ここにを引くと、ノータイムでテンパイを崩した。
 成岡は言う。「だけは切らんよ」。
 事実、無スジのは勝負していた。
 そして、オヤの亀井は当然のようにテンパイ。成岡が握りつぶしたこともあり、亀井はアガれず、流局となった。

 点数を持たせればなかなか吐き出さない成岡だが、東3局9巡目にピンフ三色のイーシャンテンからで平井の64に打ち上げてしまう。
 これで平井が逆転を果たすと、得意の押し切り。なかなか昇数を伸ばせない成岡とは対照的に、平井が徐々にマイナスを返済してきた。
 ラスは、南3局に亀井に16を打ち上げて逆転を許した愛澤。
(◎平井/●愛澤)



◆◆◆ 12回戦A卓 ◆◆◆

〈亀井4昇・愛澤4昇・小川1昇・成岡1昇〉

【愛澤が見せたラスの流儀】
 小川が先制し、成岡が逆転する展開となった南2局(成岡15→小川42→愛澤03→亀井)。
 4巡目に小川がをポンしてこの形。
 
 ここにツモときてテンパイを果たすと、9巡目に亀井が放ったにロン。アガリまでは難しそうに見える手牌だったが、わりと早い巡目に再逆転の28を決めていった。
 逆にこれで苦しくなったのは引き離された亀井だったが、こちらも南3局にあっさりラス抜けの7・14。
 これが7巡目というのだから、今期の亀井は見えない何かに守られているかのようなデキである。これには、再逆転トップを目指してチャンタ三色のイーシャンテンになっていた成岡、思わず天を仰いだ。
 すると、オーラス(小川06→成岡53→亀井04→愛澤)、亀井が10巡目にチーテン。
 
 3着確定のアガリかと思いきや、なんとドラアンコでトップまでという手牌。3着目が仕掛ける以上、チーテンの確率が通常時よりかなり高いとは思うが、打点まで伴っているとは恐ろしい。
 これに対し、見事な応手を見せたのは愛澤。ラス目なのだが、亀井の打点が80のときに備えてきっちりオリた。本来前に出るはずの愛澤がオリたことで、静かに流局。
 ラスを引き受けながらも、首位争いで並ぶ亀井にトップを取らせない胆力は見事。
「亀井とトップラスは避けたいからね」とあっさり言ったが、前回ラスを引いており、精神的にもなかなかできることではない。愛澤らしく仕事をしたラスで、亀井との差を1昇に留めた。
(◎小川/●愛澤)



◆◆◆ 12回戦B卓 ◆◆◆

〈西尾△1・堀川△2・平井△3・田中△1〉

【好スタートを切った田中の結末】
 東1局、をアンカンした田中がイーペーコーの32を西尾からアガって幸先のよいスタートを切る【牌譜5】。放銃した西尾としては、をアンカンして両面で出アガリできるケースを薄く見積もったか。
 このアガリを皮切りに、流局が一切ない荒場となる。南3局を迎え、2度放銃・2度ツモアガリで荒場を作った張本人の平井がトップ目。32スタートの田中は3着目にまで転落していた(平井22→西尾04→田中34→堀川)。
 ここでラス目の堀川が終盤にリーチ【牌譜6】
 体感でこういうラス目のリーチは大概流局するものだが、堀川はあっさりをツモって20・40。トップ目に立ってしまった。逆に、ラス目に転落したのは田中。不運としか言いようがない展開で、しかもオーラスは田中のオヤ番である。
 オーラス、田中はタンヤオ仕掛けで応戦するも、ラス目のオヤに対して甘い牌など一切出てこず、テンパイすら組めずに流局【牌譜7】
 終わってみれば田中がマイナスを積み重ねる結果となった。
(◎堀川/●田中)

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 対局後、話題は本日小川が採った戦略的ノーテンリーチに。例の1000点出して同点3着目になるあれだ。
 みなが口にしたのは、成岡に関する昔話。昔、順位戦での出来事。オーラスを迎えて3着青野とラス成岡の差が10だったそうだ。ここに、青野からリーチが入る。
 普通に考えれば、「仲良く3着でゴールしましょう」のノーテンリーチだが、このときの成岡の心境は違った。
「あんときはね、青野さんに手が入ったと思っちゃったのよ。で、アガリにいかなきゃって思って・・・」
 なんと成岡、せっかくできた同点3着の状況を壊し、ラス転落のリーチ棒を投げたというのである。
「今考えればね、大概ノーテンリーチに決まっとうけど、そんときはね、もう必死よ」
 結果はというと、成岡のアガリ3着。かわいそうなのは青野だ。助けた亀に捨てられたわけである。
 さて、今回小川が助けた亀井はどうなるのだろうか。今のところ、他を引き離し、竜宮城に一番近いところを快泳している。

(文中敬称略)


第38期順位戦A級 第2節 星取表 (7月8・9日/東京)

選手名
開始前
9回戦
10回戦
11回戦
12回戦
13回戦
14回戦
15回戦
16回戦
終了時
順位
西尾  剛
±0 A  B  A  B  B  A  B  A  △2 8
堀川 隆司
△2 A  A  A  B  B  B  B  B  △1 5
小川  隆
2昇 B  B  A  A  A  A  A  B  ±0 3
平井  淳
△5 A  B  B  B  A  A  A  A  △1 6
成岡 明彦
2昇 A  A  B  A  A  B  B  A  ±0 4
田中  実
△2 B  A  A  B  A  B  A  B  △1 7
亀井 敬史
3昇 B  A  B  A  B  A  B  B  6昇 1
愛澤 圭次
3昇 B  B  B  A  B  B  A  A  3昇 2
立会人:山内 啓介