101=イチマルイチ=競技とは

◆競技としてのマージャンの確立を目指して
「マージャン」は、囲碁や将棋あるいはバックギャモンやオセロなどと同じように、そもそも知的ゲームの一種ですが、マージャンにはこれらとは根本的に異なっている点があります。
 それは、例えば囲碁や将棋が一般社会において競技であると認められているのに対し、マージャンは、競技としてのマージャンを行っている人以外からは、残念ながら「賭けごと」としてしか見られていないのが、歴史であり現状であるということです。
「マージャンを打たない人からも、競技としてのマージャンが認められるようにしたい」――このような考えのもとに古川凱章が考案したのが〈101〉のルール・評価法によるマージャンです。
 私たち101競技連盟では、一方では〈順位戦101〉をおいて専門家としての競技の場とし、同時に〈マージャン101〉をおいてたくさんの人々に101競技を知ってもらい、娯しんでもらう場としています。
 また、〈八翔位戦〉は〈順位戦101〉に参加している選手と、全国の〈マージャン101〉各支部に参加している支部会員とが共に参加するタイトル戦で、トーナメント方式で優勝者を決定しています。

◆101競技
 101競技とは、101ルールで行った対局を101評価法で評価し、その成績を競う競技です。
 競技と呼ばれるものに共通なのは、ゲーム単位を明確にし、その結果に勝敗ないしは引き分けの判定をつけることです。
 私たちは、マージャンの場合、ゲーム単位は「半荘」が最も適していると考えます。一方、勝敗の判定の仕方はいろいろ考えられるところですが、101競技においては、「半荘」の1位者に1勝を与え、4位者に1敗を与えることを原則としています。これを数字に置き換えれば、1勝はプラス1、1敗はマイナス1、その中間(引き分け)にあるものはゼロとなります。すなわち〈101〉、これが〈101競技〉の発想です。
 1勝は1勝であり、それ以上でもなければそれ以下でもありません。私たちは、その数字の積み重ね(これを101競技では〈昇〉と呼びます)を争っているのです。
 一方ルールは、一口にいうとアガらなければチョーマも入らず、オヤ番も維持できないという極めてシンプルなものです。ラスをひかずにトップをとる、その行為をピンボケにするようなものは極力排除してあります。
 なお、101競技連盟の対局ではアガリ点の計算を「オヤは子の倍」という、マージャンの原則(ヤオアルの原則)を重視しています。子方の支払い分をすべての得点計算の土台にしており、これにより、出アガリとツモアガリで、得るアガリ点に差が生じるという不合理もなくなっています。

101競技連盟の沿革

〈1982年/昭和57年〉
・古川凱章主宰〈順位戦101〉創設。

〈1984年/昭和59年〉
・第1回エイトワンカップ開催 優勝:小西一夫
※第1回エイトワンカップの評価方法は101方式ではなく、半荘終了時の1位に3勝・2位に2勝1敗・3位に1勝2敗・4位に3敗をそれぞれ与え、それを累積する方式で実施。

〈1985年/昭和60年〉
・古川凱章、『月刊近代麻雀』(竹書房発行)編集長に就任。
・誌上対局「101条件トライアル戦」スタート。後の八翔位決定戦のベースとなる。
・オープン参加の101競技会として「マージャン101」を設置。
・第2回エイトワンカップ 優勝:大沢健二
※この期より101評価に変更される。

〈1986年/昭和61年〉
・エイトワンカップ優勝者に「八翔位」の称号を与える。
・橘高正彦、第3回八翔位獲得。
・第2回101条件トライアル戦開催。

〈1987年/昭和62年〉
・エイトワンカップのシステムを一新し、「八翔位戦」とする。
・「マージャン101全国競技会」発足。
・「101競技連盟」発足。初代理事代表に古川凱章が就任。
・『月刊近代麻雀』、12月号をもって休刊。
・僧根幸男、第4期八翔位獲得。
※この期より回数を「期」表示とする
・『いちまるいち通信』(古川凱章編集・101競技連盟発行)創刊。

〈1988年/昭和63年〉
・順位戦参加への登竜門として参加者を一般公募する「新人戦」を設置。
・飯田正人、第5期八翔位獲得。
・第2代理事代表に金子正輝就任。古川前理事代表は相談役に転任。
・『いちまるいち通信』第13号をもって休刊。

〈1989年/平成元年〉
・西田秀幾、第6期八翔位獲得。

〈1990年/平成2年〉
・第10期順位戦終了時の成績で暫定順位を決め、A級・B級・C級の3クラスに分けて第11期順位戦を開始。
※A級戦の優勝者に名翔位の称号を与える。A・B級は各8名で年間35戦。C級戦は同32戦。年間成績により各クラス間で2名ずつ昇降。
・橘高正彦、第7期八翔位獲得(2回目)。
・岩本光明、第1期名翔位獲得。

〈1991年/平成3年〉
・東京・両国に「101競技連盟本部対局室」設置。
・「第7期八翔位戦牌譜集」刊行。
・新人戦を廃し、マージャン101における成績を受験条件とした「選抜戦」制度を導入。
・この期(第12期)より、B級順位戦を1組と2組の2クラスに分け、計4クラス制とする
・豊原一雅、第8期八翔位獲得。
・西田秀幾、第2期名翔位獲得。

〈1992年/平成4年〉
・連盟機関誌『101マガジン』創刊(初代編集長・豊原一雅)。
・岩本光明、第9期八翔位獲得。
・青野滋、第3期名翔位獲得。

〈1993年/平成5年〉
・古川凱章、第3代理事代表に就任(再任)。
・金子正輝、第10期八翔位獲得。
・菊池俊幸、第4期名翔位獲得。

〈1994年/平成6年〉
・青野滋、「101マガジン」第2代編集長に就任。
・この期(第15期)よりA・B1・B2の各クラスの定員が8名から10名となる(年間36戦)。
・橘高正彦、第11期八翔位獲得(3回目)。
・青野滋、第5期名翔位獲得(2回目)。

〈1995年/平成7年〉
・連盟第3の公式戦として「順位戦昇級者スプリント」を開始。
※前期昇級者のうちB1・B2昇級者で予選を行い、勝ち上がり2名がシードのA級昇級者2名と決勝を行う。第1回優勝者は有馬理。
・橘高正彦、第12期八翔位獲得(連覇/通算4回目)。
・菊池俊幸、第6期名翔位獲得(2回目)。

〈1996年/平成8年〉
・村田光陽、「101マガジン」第3代編集長に就任。
・片山高志、第2回昇級者スプリント優勝。
・三ヶ島幸助、第13期八翔位獲得
※この期より八翔位決定戦のシステムを、10戦3勝勝ち切り方式に変更。
・菊池俊幸、第7期名翔位獲得(連覇/通算3回目)。

〈1997年/平成9年〉
・佐々木秀樹、第3回昇級者スプリント優勝。
・菊池俊幸、第14期八翔位獲得。
・僧根幸男、第8期名翔位獲得。

〈1998年/平成10年〉
・大阪商業大学アミューズメント産業研究室(谷岡一郎学長/大阪府東大阪市)に「大阪対局室」を設置。
・村田光陽、第4回昇級者スプリント優勝。
・有馬理、第15期八翔位獲得。
・西田秀幾、第9期名翔位獲得(2回目)。

〈1999年/平成11年〉
・五十嵐毅、第5回昇級者スプリント優勝。
・安川秀樹、第16期八翔位獲得。
・金子正輝、第10期名翔位獲得。
・連盟公式ウェブサイト開設。

〈2000年/平成12年〉
・青野滋、第4代理事代表に就任。
・山田真裕、「101マガジン」第4代編集長に就任。
・千葉県市川市に「東京対局室」を移転。
・山内啓介、第6回昇級者スプリント優勝。
・「第16期八翔位戦CD−ROM」刊行。
・田地裕、第17期八翔位獲得。
※この期よりシステムを一新し、トーナメント方式に変更。
・愛澤圭次、第11期名翔位獲得。

〈2001年/平成13年〉
・菅原広行、第7回昇級者スプリント優勝。
・山内啓介、「101マガジン」第5代編集長に就任。
・有馬理、第18期八翔位獲得(2回目)。
・伊藤英一郎、第12期名翔位獲得。

〈2002年/平成14年〉
・有馬理、第8回昇級者スプリント優勝(2回目)。
・有馬理、第19期八翔位獲得(連覇/通算3回目)。
・菊池俊幸、第13期名翔位獲得(4回目)。

〈2003年/平成15年〉
※この期(第24期)より、順位戦B級2組とC級間の昇降級枠を3名とし、C級戦を年間36戦とする。
・西進一、第9回昇級者スプリント優勝。
・「第18・19期八翔位戦牌譜集」刊行。
・佐々木秀樹、第20期八翔位獲得。
・山田真裕、「101マガジン」第6代編集長に就任(再任)。
・成岡明彦、第14期名翔位獲得。

〈2004年/平成16年〉
・古川凱章・金子正輝・青野滋の3名を名誉会員に認定。
・福井久善、第10回昇級者スプリント優勝。
・東京都台東区に東京対局室を移転。
・6月1日付で法人格を取得。正式名称は「有限責任中間法人 日本麻雀101競技連盟」。初代理事長:青野滋(代表職)。
・第1回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は渥美猛史氏(名古屋支部)・北野博司氏(大阪支部)=同昇優勝。
・伊藤英一郎、第21期八翔位獲得。
・05年より開始される新タイトル戦「翔龍戦」の要綱が確定。これにより、昇級者スプリントは第10回をもって廃止。
・堀川隆司、第15期名翔位獲得。

〈2005年 平成17年〉
・青野滋、「101マガジン」編集総責任者に就任。
・麻将連合(井出洋介代表=当時)との交流を開始。第1弾として八翔位戦とビッグワンカップへ相互に選手が出場。
・昇級者スプリントを発展的に解消、第3のタイトル戦「翔龍戦」をスタート。
・熊谷修、第1期翔龍位獲得。
・第2回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は石川稔也氏(東京支部)・中田有治氏(大阪支部)=同昇優勝。
・成岡明彦、第22期八翔位獲得。
・涌田悟、第16期名翔位獲得。

〈2006年 平成18年〉
・西田秀幾、第2期翔龍位獲得。
・「第21・22期八翔位戦牌譜集」刊行。
・第3回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は奈須拓也氏(京都支部)。
・成岡明彦、第17期名翔位獲得(2回目)。

〈2007年 平成19年〉
・萱場貞二、第3期翔龍位獲得。
・第4回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は堀井統之氏(東京支部)。
・明村諭(麻将連合)、第24期八翔位獲得。
・伊藤英一郎、第18期名翔位獲得(2回目)。

〈2008年 平成20年〉

・有馬理を特別会員に認定
・成岡明彦、第4期翔龍位獲得。
・第5回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は舩江宏行氏(東京支部)。
・明村諭(麻将連合)、第25期八翔位獲得(2回目/連覇)。
・萱場貞二、第19期名翔位獲得。

〈2009年 平成21年〉

・08年12月の中間法人制度の廃止に伴い、法人名称を「一般社団法人日本麻雀101競技連盟」に変更。
・菊池俊幸を名誉会員に認定。
・順位戦をA級・B級・C級の3クラス制に改組。
・田地裕、第5期翔龍位獲得。
・第6回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は関根秀介氏(東京支部)。
・成岡明彦、第26期八翔位獲得(2回目)。
・萱場貞二、第20期名翔位獲得(2回目/連覇)。

〈2010年 平成22年〉
・愛澤圭次(前副理事長)、理事長代行に就任。
・坂下幸夫、第6期翔龍位獲得。
・Twitterによる対局速報配信(league_of_101)を開始。
・第7回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は林義人氏(名古屋支部)。
・井戸田耕二氏(大阪支部)、第27期八翔位獲得。

〈2011年 平成23年〉
・小川隆、第21期名翔位獲得。
・平井淳、第7期翔龍位獲得。
・愛澤圭次(前理事長代行)、第2代理事長に就任(青野滋・前理事長はシニアディレクターに就任)。
・第8回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は中川裕樹氏(仙台支部)。
・堤一弘、第22期名翔位獲得。
・井戸田耕二氏(大阪支部)、第28期八翔位獲得(2回目/連覇)。

〈2012年 平成24年〉
・成岡明彦、第8期翔龍位獲得(2回目)。
・第9回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は田村洸氏(大阪支部)。
・井戸田耕二氏(大阪支部)、第29期八翔位獲得(3回目/3連覇)。
・成岡明彦、第23期名翔位獲得(3回目)。

〈2013年 平成25年〉
・山内啓介、第9期翔龍位獲得。
・順位戦をA級・B級の2クラス制に改組。
・公式機関誌「101マガジン」をWEB版「101MAGAZINE on the web」としてリニューアルスタート。
・平井淳、同編集長に就任。
・第10回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は坂井準司氏(大阪支部)。
・小川隆、第30期八翔位獲得(初)。
・田中実、第24期名翔位獲得(初)。

〈2014年 平成26年〉
・スリアロチャンネルによる特別企画番組「闘牌列伝・101祭り」にてスプリント戦(対局者:田中実・小川隆・成岡明彦・山内啓介)の模様を初めてネット上で配信放映(優勝:山内啓介)。
・第11回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は中村浩三氏(東京支部)。
・小川隆、第31期八翔位獲得(2回目/連覇)
・愛澤圭次、第25期名翔位獲得(2回目)

〈2015年 平成27年〉
・第12回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は山舗徹氏(大阪支部)。
・小川隆、第32期八翔位獲得(3回目/3連覇)※延長21回戦での決着は史上最長
・平井淳、第26期名翔位獲得(初)。

〈2016年 平成28年〉
・第12回「マージャン101チャンピオンズマッチ」開催。優勝は小田宏一氏(大阪支部/麻将連合)。
・スリアロチャンネルにて初の公式戦配信放映(八翔位決定戦第3日目/順位戦A級最終節初日)
・菊池一隆氏、第33期八翔位獲得。
・西尾剛、第27期名翔位獲得(初)